揚心館とは

楽しく強くなる!揚心館・総合武道&格闘技

揚心館は、古武道から現代武道の格闘技の生い立ちや歴史を重んじ、その上で、新しい格闘技を取り入れてきます。このことが、他の道場では味わえない、深見がある技術を学ぶことができます。武道や格闘技を追究してみたいと思う方には必見です。

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ココロ、カラダ、キタエル!揚心館・合気柔術

揚心館は、古武道から現代武道の格闘技の生い立ちや歴史を重んじ、その上で、新しい格闘技を取り入れてきます。他の道場では味わえない、深見がある技術を学ぶことができます。武道や格闘技を追究してみたいと思う方には必見です。

揚心館の創始者は、古流柔術や合気道の延長から空手道などの打撃武道や格闘技を始めました。打撃に対する追究のため、「合気柔術が空手道に勝てるのか」「空手道がキックボクシングに勝てるのか」「キックボクシングがムエタイ(タイ式ボクシング)に勝てるのか」というテーマから実戦を通じ、技術革新を続けてきました。
本気でかつ実戦性が高い打撃をすることは、古流柔術や合気道と実戦性が高い空手道やキックボクシングを取り入れることにより、古流柔術や合気道の技が冴えることができます。また、古流柔術や合気道が持つ体術を空手道やキックボクシングに応用をしています。

揚心館は、空手道、キックボクシング、ボクシング、合気柔術の基本技術を学べ、応用技術は、打撃術と柔術の融合した独自の理論で構築された武道格闘術を指導と普及を目指しています。これらの活動を通じて、自信、コミュニケーション能力、表現力、謙虚さと積極さ、など、社会で通じる人材育成を目指しています

ココロ、カラダ、キタエル
何かしら自己啓発をしたいと思ったら、スポーツ、武道、格闘技をお薦め致します。単に、多くの資格を取ることを目標しているより、スポーツ、武道、格闘技を自己啓発の手段としていることは、もっと豊かな生活を築くことができると言えます。いつの時代でも、「人とのかかわり方」を豊かにすることが、自分自身の成長を助けことができると確信します。つらいとき、がんばりたいときの「心の潤滑油」となります。また、適度な運動を続けることが、健康維持や踏ん張って仕事をする力を養うことが可能です。その場として、揚心館をお薦め致します。
人生で誇れる1ページを …
「これだけのことをやってきた」と言うものがある人とない人では、長い人生のなかでの心の強さは違います。また、グローバル化が進むなかでの人の評価は、同じ物事に対して、苦労をどう乗り切ったか、何を楽しんだか、そして、継続性が評価されます。

揚心館・忘れがちなココロの育成を・・・

揚心館の道場理念として、中国の儒家孟子や孔子が説く、四端(したん) 「仁義礼智」、そして、五常の徳「仁義礼智信」を重んじています。そして、道場理念の象徴として、五徳紋を用いています。

孟子や孔子の考え方は違う部分がありますが、道徳は善悪をはっきりさせ、そのことに自信があるからこそ、迷いがなく、進むことができるということを説いています。「強い精神力」と「浩然の気(自分の行動が正しく、天地にはじることがなければ、何者にも屈しない大らかな勇気が満ちてくる)」と言われます。日本の歴史人物であれば、上杉謙信のような方でしょうか。

惻隠之心仁之端也 
「惻隠(そくいん)」の心は仁の端なり 
思いやりの心 憐れむ心、他人を見ていたたまれなく思う心がやがて「仁」になります

羞悪之心義之端也
「羞悪(しゅうお) または廉恥(れんち)」の心は義の端なり
世のためになる人としての道、不正や悪を憎む心、恥を知る心がやがて「義」になります

辭譲之心禮之端也
「辞譲(じじょう)」の心は礼の端なり 
礼儀正しいことはもちろんで謙虚、感謝の心 譲ってへりくだる心がやがて「礼」になります

是非之心智之端也
「是非(ぜひ)」の心は智の端なり
正邪を正しく判断すること 善いこと悪いことを判断する心がやがて「智」になります。

人之有是四端也
この「仁義礼智」を体の四肢になぞらえて、四端(したん)といいます。
これに「信」が加わります。

「信」 
嘘をつかないこと、信念・信条を持つことがやがて「信」となります。「強い精神力」と「浩然の気(自分の行動が正しく、天地にはじることがなければ、何者にも屈しない大らかな勇気が満ちてくる)」が身についてくると言われます。ストレス、迷い、邪念があるときこそ、自分らしさ、自分の方向性、それに対する強い信念を持つことこそ、厳しい社会で生き抜くすべだと思います。その修行の場として、揚心館があります。