幕臣として一橋家に仕えた若き日の渋沢栄一
徳川幕府としてパリ万博参加、帰国後、幕府崩壊・明治維新だった
渋沢栄一は、「論語(道徳)」と「算盤(ビジネス)」の両方極めなければならないと考えていたのか。それは、道徳と利益は一致するという信念をもっていることです。もっと膨らませれば、”社会貢献精神と行動から利益を得る”といったきれいごとなビジネス哲学です。そのきれいごとを有言実行した渋沢栄一は凄い。
その理由は、第2次世界大戦のGHQ施策の1つとして『財閥解体』のときです。渋川財閥も解体の対象となっていましたが、渋川一族の出資比率は少なく・支配される企業グループではなかったことから『財閥解体』対象から外されました。つまり、財閥特有の独占的な支配権を持ちながら利益主義とは違っていたということです。政治家、経営者など、権力をもった人が、自分の利益ばかりを保持する考え方とは異なり、大志を目指し、結果をだし、引き際をしっかりと考えることができると思います。
渋沢栄一の信条であったと紹介されている「きれいごとで食うべし」「富をなす根源は何かといえば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ。」。企業も社会的な「正しさ」を意識しなければならない、経営と社会貢献の均衡を問い直しています
・処世と信条 ・立志と学問 ・常識と週間 ・仁義と富貴 ・理想と迷信 ・人格と修養 ・算盤と権利 ・実業と士業 ・教育と情誼 ・成敗と運命
「論語と算盤」渋沢栄一・要約
第1章 処世と信条
「社会で生き抜こうとするならば、まず『論語』を熟読しなさい」それだけ、『論語』に道徳や倫理を見ることを説いています。
渋沢栄一の行動背景には、歴史の知識・教訓を例にあげています。学ぶことの意義はそこになると思います。
その富を成す根源は何かといえば、仁義道徳、正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができないことを説いています。
第2章 立志と学問
渋沢栄一は、文明は発達したが精神教育は疎かにされ、社会の基本的道徳がなくなっていると言及しています。
「わたしは常に、精神の向上を富の増大とともに進める事が重要であると信じている」「『論語』は私が普段から社会で生きていくための教科書にしている古典」と人としてのあり方や教訓をいかに大切にされてきたが読み取れます。
この章においては、孔子の志の立て方を例に立て、いかに人生の基軸としての志を持ち日々に挑む事が大切な出発点であるかを述べています。
第3章 常識と慣習
習慣が当人の人格にも影響を及ぼすこと。幼少期により良い習慣を獲得することを勧めています。
「人生は努力にある」という項の中で、常に勉強家である事を意識し、毎朝7時少し前に起き、来訪者と会う事を勤めている旨の記載があります。
「『論語』には、人々がいて、強度のお社(やしろ)があるような環境であれば、現実から十分に学ぶことができます。どうして書物を読むことだけが、学ぶといえるのでしょう。」と述べています。「日頃から勉強を続けてください」と言う事を強く想い描いています。
第4章 仁義と富貴
「論語とソロバンは一致すべきものである」という渋沢栄一の自説を、『論語』を読み解き孔子の考え方と比較しながら述べています。
自分の利益さえあれば他は関係ないと言う考え方に対する問題提起をしています。
第5章 理想と迷信
渋沢栄一は、道徳は「王者の道」と言う語源であること。また、一国の進化は、枠組みの方の進歩が先にあり、実力がついてくることを例としてだし、個人においても、ある力を持った人のことを真似し、華美な洋服を身にまとったとしても、自身の魅力や実力が伴わなければ本当の進歩とは言えないことを伝えています。
現実を見て自身の能力を高め続ける・学び続けるしかない。と言う結論いいたる方々は多くいるのではないだろうかと問いかけています。
第6章 人格と修養
忠信孝弟仁を磨くことを基本として、知恵・能力の発展をする事で、成功した人として人生を全うすることを勧めます。常に心を磨くことの大切さを届けようとしている事は明らかです。
第7章 算盤と権利
資本家と労働者の関係性に対して、他国で学んだ例をあげながら、渋沢栄一の事業を行う上での見識である”一個人の利益になるよりも、多くの人や社会全体の利益になる仕事をすべきだ”と言う言葉を述べています。
世界的なリーダーの思考プロセスを知る事は、必要かつ自信を頂く学習過程だと感じています。
第8章 実業と士業
模倣の時代に別れを告げよう。項目においては、商業においても個人においても他人を真似るのみではなく、自身の得意なものに集中すべきであると言う旨を伝えています。
第9章 教育と情誼
武士や上流の百姓町人は、中国古典の教育を受けて武道で体を鍛え、一般の百姓町人は、加減乗除の九九を学んだに過ぎませんでした。教育が異なっていた点に触れ、その上で、”こうした違いがあったため、レベルの高い中国古典の教育を受けた武士は、理想も高く見識も持っていました。一方で百姓や町人の方は、わかりやすいお稽古ごとを身につけたに過ぎず、無学な者がだいたいにおいて多かったのである”と述べています。
この言葉から学べる点としては、やはり教育の重要性とどのような内容を学ぶかで、自身の目指す場所や見える景色に違いが発生ししてくる事は不変の事実であることを説くています。加えて、昔の学問は「心を磨く」事が主だったが、今の学問は「知識を磨く」ことによってしまっていると述べています。このことは常々思うことです。これは私の所感ですが、大人ができる人を見極める力がない、依存する度胸や覚悟がないから、分かりやすい知識を磨くところに走っていると感じます。
第10章 成敗と運命
”賢者も愚者も生まれたては同じようなもの。しかし、学問をしないことによってたどり着く先が異なってしまう。”
基本的な人権、教育を考えています。
「論語と算盤」渋沢栄一・気になる教え+プラス
第1章 処世と信条
己れを責めて人を責むるな。
不自由を常と思えば不足なし、心に望み起こらば困窮したる時を思い出すべし。勝つこと計りを知りて、負くることを知らざれば、害その身に至る。
人間は天命にしたがって行動せねばならぬものである。
いかに人が神に祷ればとて、仏にお頼み申したからとて無理な真似をしたり不自然な行為をすれば、必ず因果応報はその人の身の上に廻り来るもので、到底これを逃れるわけにゆくものでない。
心情の正しからざるものは何となく眼に曇りがあるが、心情の正しいものは、眼がはっきりとして淀みがないから、これによってその人のいかなる人格であるやを判断せよ/孟子
視は単に外形を肉眼によって見るだけのことで、観は外形よりも更に立ち入ってその奥に進み、肉眼のみならず心眼を開いて見ることである。
いかに外部に顕れる行為が正しく見えても、その行為の動機になる精神が正しくなければ、その人は決して正しい人であるとは言えぬ。
行為と動機と、満足する点との三拍子が揃って正しくなければ、その人は徹頭徹尾永遠まで正しい人であるとは言いかねるのである。
争いを強て避けぬと同時に時期到来を気長に待つということも、処世の上には必要欠くべからざるものである。
自然的逆境に立った場合には、第一にその場合に自己の本分であると覚悟するのが唯一の策であろう。
まず天命に安んじ、おもむろに来るべき運命を待ちつつたゆまず屈せず勉強するがよい。
世の中のことは多く自働的のもので、自分からこうしたいああしたいと奮励さえすれば、大概はその意のごとくになるものである。
余り進むことばかりを知って、分を守ることを知らぬと、飛んだ間違いを惹き起こすことがある。
得意時代だからとて気を緩さず、失意の時だからとて落胆せず、常操をもって道理を踏み通すように心掛けて出ることが肝要である。
大小に拘わらずその性質をよく考慮して、しかる後に相当の処理に出るように心掛するのがよい。
小事必ずしも小ではない、世の中に大事とか小事とかいうものはない道理、大事小事の別を立ててとやかくいうのは、畢竟君子の道であるまい。故に大事たると小事たるとの別なく、およそ事に当たっては同一の態度、同一の思慮をもってこれを処理するようにしたいものである。
小なる事は分別せよ、大なる事に驚くべからず/水戸黄門光圀公
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