松濤館の流れの空手道なら松濤館「道場訓」は言えて当然!
松濤館に伝わる道場訓
練習が終わるときに、 道場訓をみんなで唱和しています。 松濤館創始・船越義珍先生が空手を修行する者へ書き遺したものです。松濤館の流れを汲む道場は、練習の終わりには、みんなで道場訓を唱和しています。
道場訓
一、人格完成に努めること
一、誠の道を守ること
一、努力の精神を養うこと
一、礼儀を重んじること
一、血気の勇を戒めること
道場訓発声の流れ
練習が終わり、正面もしくは神前に向かって正座をします。師範や先生たちが一列目、段級位が高い順に2列目(正面や神前に向かって右から左へ)に座ります。
姿勢を正し、先生もしくは段級位が高いリーダーが唱えます。「道場訓!、ひとつ、人格完成に努めること」、その後、全員で一斉に「ひとつ、人格完成に努めること」と唱和します。リーダーが続いて「ひとつ、誠の道を守ること」を唱えをすると、全員で一斉に「ひとつ、誠の道を守ること」唱和をします。これが最後まで続きます。
その後、リーダーは「正面(神前)に礼」と唱え、全員で、礼をします。道場によって違うかなと思うことがあります。座禅のまま、先生が生徒側に向いて、先生に礼をするパターンです。このとき、リーダーが「先生に礼」と言って、一度、礼をして終わり場合があります。続いて、リーダーが「お互いに礼」といって、お互いが礼をするパターンがあります。私が学んできたのは、座禅で礼をした後、立ち上がって、リーダーが「先生に礼」を言うと言ったことです。
揚心館も復活させたい
私が松濤館流実戦カラテ野崎会館に入門した数年の間は、毎回、練習が終わるときに、道場訓を唱和していました。また、返事は、すべて「押忍」でした。師・野崎誠館長に、この道場訓は意味が分からん。変える(変えた道場訓は、なかなか頭に入ってきませんでした)。また、あるとき、「社会人が社会活動で「押忍」っていわないよね。「押忍」ではなく、「はい」に変わる」と宣言されました。体に身についた「押忍」を抜くのは大変でした。私も、他の門下生も、みんな「押忍」というと強くたたかれた記憶があります。さらに、もっとすごかったのは「これからは国際人としてみんなは生きていくから、俺のことは、館長ではなく、ファーストネーム、マコトと呼べ。お前らも、お互いをファーストネームで呼び合うこと」と言われたときでした。さすがに、昭和の時代、1学年が違えば、先輩後輩の壁があり、ましてや、大先生に対して、ファーストネームで呼ぶなんてだれもできませんでした。これは全く浸透しませんでした。今振り返ると、すごい道場に所属していたと思いますし、社会性を意識した空手家として、社会人として、国際人としての発想を芽生えさせていただいたこと、ありがたく思っております。
最近、私自身、空手道の歴史を振り返り、温故知新(おんこちしん)*を考えると、まずは、原点である「道場訓」「押忍」を復活させてもよいと思い始めています。
* 昔の事をたずね求め(=温)て、そこから新しい知識・見解を導くこと。
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