© 揚心館本家 ・ 道場アーカイブ
Chapter I

松濤館の
もうひとつの実戦史

松濤館空手には、一般に知られる伝統空手、型、基本稽古、競技空手の歴史とは別に、もうひとつの実戦史がある。岡野派から自顕会(相模ジム)、野崎会館へ ―― そして揚心館本家へと受け継がれた実戦空手の本流。これは、団体の分裂ではない。松濤館空手が、実戦という現場の中で進化し続けた証である。

— The Lineage ・ 一筋の系譜

船越義珍から、揚心館本家へ。

松濤館空手から派生し、八王子・相模・多摩の地で、リングと実戦の中で磨かれてきた、もうひとつの本流。
その流れを、一目でたどる。

1942Foundation
松濤館岡野派The Root
伝統空手の型・基本・礼法・組手を守る土台。突き、蹴り、間合い、身体操作 ―― すべての技術の根がここで育った。
1972Real Combat
自顕会・相模ジムThe Ring
故・長友克三が創設。伝統を土台に顔面打撃・キックボクシング・ムエタイ的攻防を取り入れ、実戦で通用する空手へ。多くの日本チャンピオンを輩出した稀有な道場
1976Three Fighters
三人の実戦家、リングへProof
自顕会から、松濤館実戦空手の系譜を形作る三人の空手家が立ち上がった。↓ 下のカードで紹介
1982Fusion
野崎会館The Synthesis
野﨑誠が創設。強さだけでなく、空手の理合いとキックの技術を融合。松濤館空手を実戦の中で検証し、時代に合わせて発展させた技術体系。
2000Present
揚心館本家Now
実戦の本流を受け継ぎ、現代の武道体系として整理・発展させた道場。伝統を土台にしながら、実戦を避けない。
— Chapter 02 ・ 自顕会から立ち上がった三人
三人の松濤館空手家が、リングで証明した
I
田畑靖男
全日本キックボクシング連盟 日本ミドル級王者
松濤館空手を背景に持つ選手が、リングの頂点に立てることを証明した、決定的な存在。
II
鈴木勝幸
征徳会 創設 ・ 日本ランカー
世界的実戦家ベニー・ユキーデとの日本人初の対戦を果たす。松濤館実戦空手史の象徴的な一戦。
III
野﨑誠
自顕会 首席師範 → 野崎会館 創設
理合い・間合い・身体操作を重視。橋本・八王子で指導を担い、空手とキックを融合した技術体系を築いた。

揚心館は、伝統を守るだけの空手ではない。
伝統を土台に、実戦の中で磨かれた技術
現代に合わせて体系化する道場である。

Two Paths

松濤館岡野派の、二つの道。

01
― TRADITION
伝統空手としての道

型、基本、礼法、全日本空手道連盟系の競技空手を中心に、松濤館空手の正統な伝統を守り続ける道。八王子市空手道連盟における澤本会長の活動も、この伝統空手の流れの中に位置づけられる。

派手さはないが、これこそが松濤館の根である。

02
― COMBAT
自顕会・実戦の道

故・長友克三による、松濤館空手を実戦の場で証明する道。顔面打撃、キックボクシング、ムエタイ的攻防を取り入れ、昭和の実戦空手として独自の進化を遂げた。

力を持った高弟子をいつまでも本部に留めず、独立を認める文化を持つ。野﨑誠の野崎会館、そして揚心館本家へと続く。

受け継いだ技術を、
体系として整える。

実戦の中で磨かれた技術を、松濤館空手の伝統を土台に、柔術・合気道的身体操作と統合した武道体系 ―― 「揚心館流 柔術空手拳法」へ。

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揚心館 五徳紋
— Continue ・ 物語は続く

では、いま空手の世界の、
どこに立つのか。

系譜を辿った。次に、いま空手の世界を見渡してみよう。
松濤館を四つのカテゴリーで読み解くと、揚心館本家の立つ場所が見えてくる。

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