ひとつの源、四つの解。
―― 揚心館本家は、その「実戦の本流」に立つ。
順番ではない。四つは同時に、別の方向へ向かった。
揚心館本家は、その「実戦」の地に立つ。

―― 戦わない空手。船越の教えそのもの。
船越義珍が貫いた信念は、組手の禁止であった。
打ち合うことを排し、型 ―― すなわち「形」のみによって空手の本質を伝える。
現代において、その教えを最も忠実に維持しているのが、日本空手道松濤會である。
他の松濤館流派が稽古しない原型の型も含み、松濤館空手の原点を学ぶには、ここに学ぶしかない。
―― 組手の先駆け、そして実戦空手の体系化へ。
松濤館空手における組手の先駆けとなったのが、岡野友三郎宗家による松濤館岡野派(1942・謙交塾)。船越の教えから初めて独立し、「打ち合う空手」への道を開いた。
その流れを継いだ自顕会(相模ジム・1972)こそ、本流である。
故・長友克三が創設したこの場で、キックボクシング、ムエタイ、極真空手、士道館の試合に積極的に参戦し ―― 松濤館空手を「実戦空手」として体系化していった。
そして日本のキックボクシングそのものの誕生 ―― 野口ボクシングジムがボクシングに足技を導入し、独自の日本打撃格闘技として確立。極真、当流れの松濤館実戦空手、日本拳法 ―― これらが集い、打撃の頂点を目指した時代。空手出身のキックボクサーが多かったのも当然だった。
※ 時代と共に「キックボクシング/ムエタイ」が独立した競技となり、その源流に空手があったことは、いま忘れられつつある。
―― 当てる伝統空手と、競技としての空手。
打ち込みを深いところまで取る。突きを当て、そこで止める ―― という伝統空手の「実戦」を、最も強く体現する。
審判は厳しく、打ち込みのイメージを高く評価する傾向。
各流派が集まった連盟。スポーツとしての側面を強める。
審判は緩く、ポイント制で行う。松濤館の連盟・連合会が違っても、同じ試合に出ることがある ―― 垣根はあるようでない。
両者で空手の形に多少の違いがあり、その判断で意見が分かれることもある。
―― スポーツ化の頂点、そして世界の中心へ。
世界空手道連盟(WKF・本部 スペイン)が主体となり、全日本空手道連盟、日本空手協会、その他の連盟・協議会も影響を受けている。
オリンピックを射程に、空手は急速にスポーツへと変貌した。
空手着、試合の帯、ルール、判定 ―― すべてがスポーツ仕様に変わってきている。
昔から日本の空手道を学び、指導をしている人たちは、これに疑問を持たないのだろうか。
そのような点では、原点に戻り ――
日本空手道松濤會のような流れこそ、注目されるべきだと考える。
―― 戦わない原点(松濤會)を尊び、
―― 伝統の二大巨頭(JKA・JKF)に敬意を払い、
―― 世界の競技化(WKF)を否定もしない。
だが、揚心館本家が継ぐのは ――
松濤館岡野派から自顕会へと続いた、ただひとつの「実戦」の流れ。
位置づけを知った。では、揚心館流の具体的な技術体系を見ていこう。
柔術・空手・拳法 ―― 三つを統合する、現代の御留流の中身。